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元産経新聞の記者でありながら、現在はYouTuberやフリージャーナリストとして活躍する「三枝玄太郎」さん!
約28年間も産経新聞で事件報道の最前線に立ち続けた三枝玄太郎さんですが、2019年に退社されています。
そんな三枝玄太郎さんについて、

退職理由は?リストラと誤報説の真相を解説してほしい!
なんてアナタのために、退職理由やリストラ・誤報説の真相をまとめました。
Contents
三枝玄太郎の退職理由は?産経新聞退職の経緯
三枝玄太郎氏、小泉進次郎が北海道選出の長谷川岳参議院議員に電話して
— Tokyo.Tweet (@tweet_tokyo_web) September 30, 2025
「北海道電力に電話して釧路湿原のメガソーラーをやめさせろ」
と言ったと暴露。
三枝氏「国立公園にソーラーパネルを敷けるようにしたのはあんただろ!」 pic.twitter.com/nU0UAofcLD
三枝玄太郎さんは1967年東京都生まれのジャーナリストです。
オウム真理教事件や東日本大震災など、数々の重大事件の取材経験を持つベテラン記者として知られています。
退社後はYouTubeチャンネルの登録者が10万人を突破し、著書『メディアはなぜ左傾化するのか』も大きな反響を呼んでいるんですよ。
三枝玄太郎さんは1991年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、産経新聞社に入社しました。
静岡支局を皮切りに、東京社会部で警視庁や国税庁を担当し、オウム真理教事件などの大きな事件を数多く取材してきた方なんですよ。
そんなベテラン記者だった三枝さんが産経新聞を去ったのは2019年のことでした。
ここでは退職に至った背景を詳しくご紹介します。
退職勧奨を受けた背景と新聞業界の事情
三枝さんの退職の背景には、新聞業界全体の構造変化があったと言われています。
部数の減少やデジタルシフトが加速する中で、産経新聞社でも「早期退職優遇制度」が実施されていたようです。
三枝さん自身も、こうした制度を活用する形で退社したとされています。
つまり、会社側から退職を勧められる「退職勧奨」に近いものがあったということですね。
ただし、三枝さん本人も「組織の制約を超えて自由に情報を発信したい」「自らの責任でジャーナリズムを続けたい」と語っており、業界の事情と本人の意向が重なったタイミングだったようです。
三枝玄太郎氏の公判レポート。山上被告の母親が日中、家に不在だったのは被告自身も中高生で日中家にいなかった。母親が40日修練に参加した時は被告本人が自衛隊にいた時、しかも被告の祖父の会社は年商5億円。"宗教的虐待"というマスコミ報道は、時系列や事実を無視した印象操作だったのかと思う。… pic.twitter.com/IvJyHpqY71
— 頑張る!アラフォーパパ (@ikumen_arasaa_) December 4, 2025
社内での立場と著書で語られた苦境
三枝さんは著書『メディアはなぜ左傾化するのか―産経記者受難記』の中で、社内での自身の立場について率直に語っています。
強気な取材スタイルを貫いていたことや、社内の同調圧力に従わなかったことから、組織の中で厳しい立場に置かれていたとのことです。
著書ではこうした社内での体験や、メディアの報道姿勢への疑問が詳細に描かれていると言われています。
組織の中で自分の信念を貫くことの難しさが伝わってきますよね。
三枝玄太郎のリストラと誤報説の真相
同志社国際校長記者会見
— ゲゲゲの住太郎3 (@gegege1935) March 22, 2026
三枝玄太郎氏
「先ほど基地問題の多様な意見と仰いましたけど、辺野古の住人、ほとんどの方が移設に賛成ですよ。私は辺野古のほとんどの世帯を回って確認してます」
元沖縄県民の俺も移設に反対する辺野古住民なんか聞いた事が無い
雇用が増えるし喜んでた#同志社国際高校 pic.twitter.com/t74ANrA0Rv
三枝さんの退職をめぐっては、「リストラだったのでは?」「誤報が原因だったのでは?」という2つの説がネット上で話題になっています。
実際のところはどうなのか、それぞれの説について見ていきましょう。
リストラ説の真相
公式プロフィール上では「2019年産経新聞社退社」とだけ記載されており、形式的には早期退職制度を活用した自主退職とされています。
しかし、三枝さんの著書では退職勧奨の場面から物語が始まるとされており、完全な自主退職とは言い切れないようです。
社内での評価や立場の問題もあり、組織側の意向を強く感じた退職だったという見方もあります。
ただし、三枝さん自身も以前から独立への意欲を持っていたため、会社の方針と本人の希望が結果的に一致した形だったとも言えるのではないでしょうか。
誤報疑惑の真相
もう一つ注目されているのが、2012年に起きた「自衛隊宿泊拒否報道」における誤報です。
産経新聞が「複数の自治体が自衛隊の宿泊を拒否した」と報じたものの、事実誤認が発覚し、産経新聞は最終的に訂正・謝罪記事を掲載しました。
この記事の担当記者が三枝さんだったとされており、責任を取る形で社会部から編集センター(紙面レイアウトなどを担当する部署)へ異動になったと言われています。
三枝さん本人も著書でこの件について振り返っているとされ、この経験をきっかけに「徹底した裏取り」を意識するようになったとのことです。
誤報自体は事実ですが、それだけが退職の直接的な原因というわけではなく、さまざまな要因が重なった結果だったようですね。
三枝玄太郎の退職後の活動と現在
中山泰秀さんを激励に。 pic.twitter.com/I41NKdjnNo
— 三枝 玄太郎 (@SaigusaGentaro) February 5, 2026
産経新聞を退社した後、三枝さんはどのような活動をされているのでしょうか?
現在の多彩な活動内容をご紹介します。
退職後のフリーランス活動
2019年の退社後、三枝さんはフリーランスのジャーナリスト兼YouTuberとして活動を本格化させました。
YouTubeでは「三枝玄太郎チャンネル」を運営し、毎朝6時にニュース解説を配信するスタイルで、2024年時点で登録者数は10万人前後に達しています。
交通費や宿泊費を自己負担しながら全国の現場を取材する「現場主義」を貫いているのが特徴的ですよね!
また、インターネット番組「文化人放送局」にレギュラー出演しているほか、ラジオ番組へのコメンテーター出演なども行っています。
著書「メディアはなぜ左傾化するのか」の反響
2024年に刊行された新潮新書『メディアはなぜ左傾化するのか―産経記者受難記』は、大きな反響を呼びました。
産経新聞社内での体験や、退職に至った経緯を交えながら、メディアの報道姿勢に切り込んだ自伝的な一冊となっています。
既存メディアに不信感を持つ読者層からは強い支持を集める一方で、評価が分かれる内容としても注目されています。
このほかにも『十九歳の無念』といった著書があり、事件報道の経験を活かした執筆活動を精力的に続けていますよ。
まとめ
・三枝玄太郎さんは約28年間産経新聞に在籍し、2019年に退社
・退職は早期退職制度の活用だが、実態は退職勧奨に近いものだったと言われている
・2012年の自衛隊宿泊拒否報道の誤報で社内評価に影響を受けた
・退社後はYouTuberやフリージャーナリストとして精力的に活動中
・著書『メディアはなぜ左傾化するのか』が大きな反響を呼んでいる
今回、三枝玄太郎さんについて以上のことがわかりました!
組織を離れてもジャーナリストとしての信念を貫く姿勢には、多くの方が共感しているようです。
今後の活動にも引き続き注目していきたいですね!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!

